松原社長。

2009年の2月にこの記事を書かせて頂いた、大恩ある松原マサ社長が亡くなられました。

2009年2月の記事

元職場の社長でもあり、齢90歳で80歳を超えてなおも現役の社長をやっておられた名物社長です。
環境業界というのは、半端ではない。
建設業以上にしっかりとした「枠組み」や「縄張り」みたいなものがあって、
義理、人情があって他を蹴落として、自分を利さない、そういう業界です。

その中で、僕は18才からずっと環境行政に携わってきた。
と、言っても、所詮、松江市の臨時職員。ゴミ収集のバイトだ。

そんな僕を、拾ってくれたのが松原社長だった。
女手一つで、戦後の松江の環境業界で踏ん張り、一代で会社を築いた女性社長でした。

サラリーマン金太郎に出てくる 中村かよ の様な人で、
オーラを持ち、もっと、もっとにこやかで、
もっと、もっと、奥底に厳しさを合わせもった女性。

そんな人だった。

選挙に出ると言った時、松原社長だけは、僕を信じてくれた。
一介のゴミ収集作業員、一介のバンドマン、そんな自分を、
「松江の可能性」 として、応援してくれたのが、松原社長でした。

あの日の事を今でも思い出します。

あの日のブログを今でも読み返します。

ずっと感謝してる。

選挙期間中、僕には「企業の社長さん」と言われる人達の支援はほとんどありませんでした。

選挙の時の、事務所立ち上げの時。
87歳になり、ほとんど家から出れない体で
わずか800メートルの距離を、杖をついて、一時間かけて、応援に来てくれました。

「あなたの元気な顔を見たら、元気になった。
あなたを応援する若い人の顔を見たら元気になった。
年寄りは表には出ないわ。はじっこでいいのよ。」

そう言って、選挙事務所に来てくれた事を思い出します。

あなたの恩や、信じてくれた期待に、応えれる自分になっただろうか。
あなたが信じてくれた、一人の若者やみんなへの「希望」は、
ちゃんと叶えられているだろうか。

松原社長が亡くなられてから、ずっと自問自答しています。


海外を旅するのが好きで、まとも就職につかなかった自分を拾ってくれたのも松原社長でした。
結婚をすると言った時、「おめでとう。幸せになってね。」と
普通の会社ではありえないお祝いをくれたのも松原社長でした。

会社を辞めて選挙に出ると言った時、「あなたなら出来る」と言ってくれたのも、松原社長でした。

議員になってから、たくさんの大きな愛に囲まれて議員をやれています。と言った時、
「あなただから出来るのよ。あなたの活躍を見るのが嬉しい」と言ってくれたのも松原社長でした。

ずっと、大きな愛に甘えていた気がします。


今日の葬儀の時に想った事は。
また来世で会っても、松原社長の下で働きたい。そう思いました。

あなたが信じてくれた自分を、ずっと見失わずに、頑張ります。

あなたが信じてくれた未来を、僕もまた誰かに、引き継ぐ為に、

生きて行こうと思います。


ありがとうございました。
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by naotsugu_notsu | 2012-05-04 00:16

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