原点回帰

実は、4月に何年ぶりにライブに出演します。
昔やっていたA.M.Pというバンドです。

この1~2年、本当に色んな人から
「もう一回、ライブや音楽やったら」 って言われていて、
「いいね~」 なんて生返事ばっかりで。

現実、市議会議員という職業になって、そんな時間などなかなか取れず
またスタジオに入る時間や、自分が楽しむ時間があるならば、
職業として、やらなきゃならない事はたくさんあるし、

自分が楽しむ事がどうなのか?という制限もつけていました。

けど、それと同時に、ある人から、

「他の議員さんは出身母体が地域だったり、組織だったりするんだろう。
けど、お前の出身地域は”ライブハウス”や”音楽”という現場なんだから、
音楽やってるから、お前の事を信用しているっていう人も多いと思うよ」

と、言われ。

音楽に今でも携わっているといっても、
最近は水辺の芸術祭や、どっちからっていうと、
自分が楽しむというよりも、
多くの人達に楽しんでもらうことに主眼を置いてきていたから、
まあ、そんな風にも見えるんだろうなと思ったり。


主催者が、水辺の芸術祭の会場装飾チーム の
そらにわ作野や、ゆきちゃん、NOT福島なんかのチーム54年組だったのもあって

一度だけ、ライブハウスに帰ってくる事にしました。笑

またこのブログで詳細を伝えますね。


議員ばっかで、シチサン分けの俺よりも、ちょっと前のギラツイタ感じを取り戻す為に、

原点回帰します。
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# by naotsugu_notsu | 2012-02-02 08:59
discovery

久々にこんな時間にブログをアップします。
今日は夜が早かったので余計ですかね。
今日は、市や県の行政の若い人達を基本にして、民間の会社の社長さん、
島大の教授さんなどと一緒に「行政情報の高度化」などを学び、
その後、そういった新進気鋭の若い人達と一緒に交流会をしました。
毎日、毎日、本当に新しい出逢い、良い出逢いばっかりで恐縮します。

色々な「人」と出逢って、人は喜びを知り、悲しみを知り、
そういった「人と人との関係性」の中で、人は「人生」を謳歌します。

元々、街のチンピラみたいな人間が、
いつの間にか、七三分けにして、メガネかけて、
良いとこの大学出みたいにインテリぶって。政治や行政を語っているけど、
俺は一つも 「勉強」 や「教科書」 で学んだ事は一つもありません。
ずっと、「人との関係性」、現場で学んだ事ばっかりです。

はっきり言って、市議会・県議会や国会議員とか、全国の政治家の中で、
多分、俺が最も全国で一番「悪い事」をしてきた政治家だという自信はあります。笑
(金を取ったりとか、小汚いことではないですよ)
バンドして、ケンカして、ヤンチャして、女の子と遊んで。

そんな日々はこれからも、どんな業種にいようが、関係性にいようが続いてくんだろうし、
もっと、もっと、新しい事に出逢いながら、やっていくんだろうなと思います。


政治の場にも慣れた。人前で話すことも慣れた。人におだてられるのも慣れた。
けど、いつでも、根本は一緒。

身近にいる人や、周りにいる人を、少しでも笑顔にしたい。
悲しみを減らしたい。

そんな根本は変わりません。

そんな事を再認識をする日々が続いています。
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# by naotsugu_notsu | 2012-02-01 23:31
政治の真髄
「東日本大震災」からほぼ一年が経とうとしている。

今になって言える事があるから、少し書いておこうと思う。

政治の最たる例というのが、あの松江での震災支援活動にあった。
そんな気がするので、長いですが記しておきます。

また少しでも政治や行政との表に出てこない分が感じてもらえればと思います。


あの未だ経験したことのない大震災が起こった次の日、日本国民のみんながみんな、

「自分に何か出来ないか?」

と考えた。

それは日本の中の小さな街、「松江」 でも同じ。

あの日ほど、日本国民一人一人が、
自分は「日本人」であると自覚し、
また「誰かを救いたい」の気持ちを持った一日は無かっただろうと思う。

そして、そういった想いから血気盛んに行動に移したここ松江の若い人間達が、
翌日から松江テルサで支援物資を集め出した。

これが3月13日の日曜日の混乱を生んだ。

彼らは、「正式な輸送ルート」 「受け入れ先」 など、否応なく混乱する被災地へ
市民から集めた支援物資を送る、正式なルートは考えていなかった。

実は、3月12日の段階で自分の所には色々な所から、
「若い人達が支援物資を集めようとしているが本当に大丈夫か?」 と確認があった。
「これは大変な事になるな」と思い、支援物資を集めていた若い人間達に確認をした。

3月12日の段階で、ツイッターやブログやメールで流されていた情報は、
市民の想いと怒涛の様にマッチし、燎原の野を駆けるが如く、拡散した。

そして、3月12日の段階で主催した若い人間達には止める事はできず、

3月13日の日曜日に拡散した情報は、予想通りパニック状態になった。
そしてそれを主導した若いやつらも、完全にパニック状態だった。

さらに追い打ちをかける様に主導をした若い人間達に、
文句を言いに来た行政の職員もいた。

また一部の議員さん方からも、
自分の所に 「あなたがやらしたの?」という意味不明のお叱りの電話も来た。
若い人間がやってダメだった事は、噂の類でだいたい俺のせいになっている。

日曜日の夜、怒涛の支援物資収集を終え、あまりの量に途方に暮れる
若い奴らは、それでも自分達の出来ることをという真っ直ぐな気持ちから
一生懸命に自分達で仕分け作業をしていた。

※ 後に、八戸市役所から改めて御礼の電話が来るほど、
彼らの仕分けは、被災地に優しく、本当に丁寧なモノだった。

ただ、これははっきり言って、行政事情を知るはずの県の部長さんクラスの人間も、
この松江テルサに支援物資を持ってきていた。

それぐらい、みんなが、みんな
「理性」ではなく、「感情」で、あの一日を動いたかが分かる。
後先も考えずに何かしたいと思ったのは、物資を集めた若い人間だけじゃない。
あの日、物資を届けに行った人、みんなそうだったんだろうと思う。

正直、俺も少しは無責任な行動だとは思った。

結果的に自分の所へ話が回って、
「輸送ルート」「市や県などとの行政調整」「被災地との調整」などを
やらなければならなくなったからだ。
これが最も難しい事は、誰もが思っていた。

ただ、もう一方で強く、そういった、彼らの想いに無謀な所はあったにせよ
若い人達の先走り的な想いを「形」にしてやるのも、
行政や政治の役目じゃないのか?と、
その日のうちに物資を送り届ける覚悟を決めた。

早急に、松江テルサを管理する産業振興部へ電話をする。

松江テルサを指定管理し、この時に、素晴らしい大人の対応をしてくれたのが、
松江にある 「さんびる」 という会社だった。

膨大な支援物資の受け入れ先となってくれた事に関し、
そこに非が及ばぬように、松江市産業振興部に釘を刺した。

次の日に市役所の総務部へ、市の正式な支援物資に
彼らが集めた支援物資を使ってくれないか?と言った。

しかし、答えはノー。

市の気持ちは分かる。
けども、もう少し何とかしてやろうという気はないのか?
これには相当に腹が立った。

そこから、県に頼み、自衛隊に頼んだが、
なかなか被災地へ運ぶ方法は見つからなかった。

被災地へ運ぶ事。

そして、

支援物資が必要な被災地とコンタクトを取る事。

この2つが重大で、成し得ない難しいポイントだった。

この時点で各被災地は、窓口を市町村単位でなく、県に一括。
被災県はその処理能力から混乱を避ける為に支援物資を断っていた。

ただ、かき集めた色々な情報から、県を飛び越えて、
市町村は物資を欲しがっているという情報が入った。

そして、ありとあらゆる個人的なツテを探り、
八戸市が物資を受け入れてくれる事に決まった。


支援物資を必要としてくれる所は探し出した。

けど、ここからが大変だった。

行政には、

「誰が支援物資の輸送費を払うのか?」

「民間で集めたモノを行政側の負担で持っていくとなれば、
これから市民が集めたモノは否応なく行政が輸送費を払い、
引き取らねばならなくなる」

「行政は被災地が欲しいモノを集めて送る。その物資が被災地がいるのかわからない」

最もな理由だ。けども…。

またトラック会社は

「原発事故の姿が見えない東北へ物資持っていくのは嫌だ」

「県とは災害協定を結んでいる。県の正式なオファーであれば持っていく」

こう言っていた。

市側の交渉には俺が、県側の交渉には細田博之衆議院議員の津川秘書にお願いしていた。

しかし、どちらも動かなかった。

青森県八戸市に行く先は決まっているのに、運ぶ手段が見つからない。

色々な所への調整で苦慮する中で、動きがあった。

若い人達の集めた支援物資を見せに、
津川秘書が細田博之議員を松江テルサまで連れて行ってくれた。

細田博之議員は、「若い人間が頑張ったんだから何とかしなきゃならん」 と言ってくれて、
その日、会う予定だった溝口知事に輸送手段・ルートの確保を直談判。

また、青森県選出の国会議員 大島理森 自民党幹事長(当時)へ電話。

またその頃、三島県議(公明クラブ)、白石県議(民主県民クラブ)も同じ様に、
「若い人達の想い」をという事で、県知事室へ要望にまで行ってくれた。

若い人達が、行政が動かないからと無謀にも走った事に対して、
多くの政治家が大人の対応・支援をしてくれ、
小さな行動から国会議員・県知事・県議会議員と多くの政治家を巻き込んでいったのは
これぞ本来の「政治」の形ではないのか?と思ったぐらいに美しかった。


そして、いよいよ島根県が溝口知事のGOサインと共に、
島根県NPO活動推進室の吉山室長の手配の元、
支援物資を青森県に送り出す事になった。

青森県八戸市に、支援物資の確認をし、八戸市は「全量を引き取りたい」と言ってくれた。

が、ここで松江市にも動きが出る。

松江市は、同じ原発の街として、福島県女川町とも災害協定を結んでいる。
その女川町からも、福島県を飛び越えて、松江市には「支援物資」のお願いが来たのだ。

ところが、松江市はその時、まだ 「市による正式な義援物資の募集」 はしておらず、
トラック3分の1程度の、義援物資を公金を投入して、購入して送ろうとするが、
物資が足りないのは、明らかだった。

そこで、目をつけたのが、この松江テルサの支援物資だった。

一度は 「市が集めたものじゃないから、責任が取れない」 と言って、
面倒くさい事を投げ出した市側からの頼み。

これには若い人達からは嫌悪感があった。

しかも好意で受けてくれた県や八戸市に全量を渡すと約束している。

ただ、被災者の人達に差異はない。 なるべく平等に渡すこと。
その一点で、
毎晩遅くまで、当方もない仕分け作業をしていた若い人間達は納得してくれた。

また青森市八戸市側も快く、女川町に支援物資を分ける事にも協力してくれて、
10tトラック3台分の松江市民からの支援物資は、被災地へ運ばれた。

青森県八戸市職員の乙北さんからは、若い人達のあまりにも丁寧な仕分けっぷりに、
再度、再再度の御礼のご挨拶がきた。


若い人達は時に無謀にも走る。
けども、それを、政治や大人や経験者達が、良い形に結んでやる。

俺はこの一連の動きにこそ、「政治」 があり、

本来の形っていうものがある気がしたし、
政治の役割や行政の役割っていうのは、


行政は、今回の支援物資の様に、
オフィシャル(正式)に動き出すことは市民の独断ではできないからこそ、
早く 「オフィシャル」 という旗を立てて、先導する事。

政治の役割は、その 「オフィシャル」という 旗 の種類を間違えない事。
一連の支援の運動の中に、本当の 「政治」 とは何なのか?を見た気がした。

これは同じことを、津川秘書も言っていた。

普段なかなか議員や政治家という活動は見えない。
あの市民から集めた支援物資を送るだけでも、こんなに色んな人が関わって、
初めて物事が成る。

そういう事をお伝えしなければと思い、
長々でしたが、文章にしました。
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# by naotsugu_notsu | 2012-01-31 17:35
議会報告会

何から書こうか。という気になってきますね。

Twitterのつぶやきはダメですね。笑  日々の想いを簡単に吐き出してしまって、
文章を創る力をそいでしまいます。

あくまでも、この「ブログ」を開いてくれる皆さんの為に、
文章を発信するのが自分であるので、
今後、なるべくつぶやかない様にして、笑
こっちのほうでアップしていきます。

あんまりつぶやかない事を書こう。

と言っても何から書こうか。


市議会は、

「議員定数」・「市街化調整区域の線引き問題」に関わる新しい再開発などの事で、

少し紛糾しています。


そしてご通知の通り、議会報告会が開かれております。
昨夜は竹矢地区でした。

僕個人に企画させてくれたら、もっと、もっと、面白い仕掛けをしますが、
市民の方々の想いにちゃんと応えられているか。
平日の夜、地域や街の為に、わざわざ
議員のお話を聞きに来てくれている「有志」の市民の皆さんに応えれているか。
いつも苦々しい想いになります。
正直、一年の議会報告会は 「要望」 ばかりでした。
「今が苦しい」 「今が苦しい」 
誰も未来の事は話さなかった。
けども、昨日の竹矢の会ではそのほとんどが
「未来」への話ではなかったかと思います。

何十年、何百年、何千年の過去の先人に「未来へ」と託されて、
今があるわけですから、僕から今の事を考えたら、
誰が未来の子供たちや孫の世代に良い時代を残してやれるのか?と思います。
市民の皆さんと一緒に想いも成長できればと思います。
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# by naotsugu_notsu | 2012-01-31 08:37
議会報告会 日程
平成24年の議会報告会日程です。

各会場に色んな議員が参加して、
皆様に直接お話をすしたり、
お話を伺う機会を設けます。

前から言う様に議員個人の意見が言えず
少し堅苦しい会ですが、
それでも市民一人一人の直接の言葉は
意味を持ちますので、
建設的な意見をお持ちの方、
ぜひぜひご参加下さい。

以下、日程です。


1月16日(月) 午後 7時00分~
大庭公民館

1月18日(水) 午後 6時30分~
朝酌公民館

1月19日(木) 午後 7時00分~
島根公民館

1月23日(月) 午後 6時30分~
雑賀公民館

1月24日(火) 午後 7時00分~
本庄公民館

1月25日(水) 午後 6時30分~
宍道公民館
乃木公民館

1月26日(木)
午後 7時00分~ 午後 7時00分~
八束公民館

1月27日(金) 午後 7時00分~
城西公民館

1月30日(月) 午後 7時00分~
竹矢公民館
東出雲ふれあい会館

1月31日(火)
午後 6時30分~ 午後 7時00分~
午後 7時00分~
城北公民館
大野公民館

2月2日(木) 午後 7時00分~
津田公民館
午後 7時00分~
持田公民館

2月3日(金)
午後 6時30分~ 午後 7時00分~
生馬公民館
玉湯公民館

2月4日(土) 午後 6時30分~
朝日公民館
忌部公民館

2月6日(月)
午後 6時30分~ 午後 7時00分~
白潟公民館

2月8日(水)
午後 6時00分~ 午後 7時00分~
川津公民館
城東公民館

2月9日(木)
午後 6時30分~ 午後 7時00分~
古江公民館
鹿島支所

2月10日(金) 午後 7時00分~
八雲社会福祉センター
美保関公民館

2月14日(火)
午後 7時00分~ 午後 7時00分~
法吉公民館

2月15日(水) 午後 7時00分~
秋鹿公民館

2月19日(日) 午前10時00分~
古志原公民館
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# by naotsugu_notsu | 2012-01-27 11:09
東京

怒涛の出張ラッシュを終えて、今日の夜は久しぶりに家でご飯を食べて、
空愛と一緒にお風呂に入りました。
少し出張へ行くと、帰ってきた時は他人行儀で、人見知りになります。
そこが寂しい事ですが笑 まあ、しょうがないです。


全国から多くの国会議員、県会議員、市議会議員が集まり、
各都道府県の問題などが本当に良く分かった会議でした。

松江市と災害協定を結び、震災支援も行なった
福島県女川町長の須田町長のお話も間近で聞けて心を打たれました。

小泉進次郎衆議院議員と石原伸晃衆議院議員とも意見交換。

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その次の日は念願が叶い、靖国神社への公式参拝を行いました。


初めて行く、靖国神社は気高く、またそこに祀られている多くの戦没者の御霊に対しても、
日本国民として、凛とした気持ちになりました。

近世の大戦で失われた戦没者の方は、240万人を超えます。
また第二次世界大戦で失われたのは、150万人余り。

いかに明治以降の戦争や第二次世界大戦で多くの日本人が
「戦争」 という国家と国家の武力のぶつかり合いで犠牲になったかという事がわかります。

240万人もの先人が、子や孫や後世の日本の為を想い、犠牲になりました。
240万人もの御霊に対し、私達も後世に残せる日本にする為に、
頑張らねばなりません。

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# by naotsugu_notsu | 2012-01-24 21:56
子育て施策
現在、政策検討されている
子育て施策について報告します。

◆特定不妊治療に要する費用の全額助成と年間回数制限の撤廃

◆出産一時金の60万円への拡充

◆三歳から小学校就学までの
国公私立すべての保育料・幼稚園の無料化

◆小学校給食の無償化

◆母子家庭等が子育てと就業の両立が出来る環境整備

などが主な新しい政策テーマとして上がっています。
今後、この財源をどう作っていくか。
という議論がなされると思いますが
どこぞの政党のいつぞやのマニフェストの様に
あくまでも国の未来を見据えた重点政策ですので
無様な結果に終わる事はないと思っています。
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# by naotsugu_notsu | 2012-01-21 23:41
無題。
東京で全国から来られた多くの議員さん方から話を伺いました。
松江市と災害協定を結ぶ福島県女川市の新町長からもお話。

また福島県、被災地三県(青森・宮城・福島)の議員の皆さんからもお話を聞けました。
共通して悲痛な叫びだったのは、ガレキの処理が進まないこと。
それを地方議員の皆さんに地方議会を通して、
少しでもお手伝いをする様に言ってくれないか?と。

実は松江市は環境省からの被災地のガレキ処理に関して、
昨年、内々に「不可」の答弁をしました。
実は執行部側から議会側にこの話はしていません。

その話を、僕は環境畑上がりなんで、色々な情報ルートから知っていました。

ここからは感想を、口語で、その時、思った言葉で書きます。

みんなで被災地を救うって言ったんじゃないの?
日本の危機って言ったんじゃないの?
なんだよ。都合の良い時は善人顔で、みんな都合の悪いときは自分の所が大切?
放射能汚染?
そんな事は被災地のみんなは十二分に分かってるよ。
ちゃんと検査して、数値の事。焼却して数値が3倍程度膨れ上がる事。
知ってんだよ。けど、噂や可能性で全部、断られたら、

街の3分の2がガレキとなった女川町はどうするんだよ。
みんなテレビでみたでしょ?みんなガレキになったんだ。
メディアか、評論家か、科学者か知らんが、数値や理性で割り切れる人か
なんかで知ったかぶった人が

「放射能汚染された被災地のガレキは被災地で処理すべきだ」 
なんて言う人がいるけど、はっきり言って、現実論からは相当にかけ離れている。ツ

イッターやネットとかじゃなくて、本当にそんな人達と顔をつっつき合わせて
そんな事が言えるか。

今日の被災地の人達の叫びに関して、揃いも揃った全国の地方議員は
どこか他人事で、どこか「自分の所の市民の反発が怖い」という顔でした。

福島県は国への復興の財政措置を要望が60回を超えたと言っていました。
あれだけの目に合って、なんでこんな事に。

福島の人達の想い。震災で犠牲になった人達の想い。
一年経って、なおも消えぬ想い。

市民の代表という立場と、いち国民の立場になって、
涙が出そうだったのは、自分でした。

松下政経塾か、政治家の二代目か、青年会議所上がりか
どんなんかしらんけど。

若い政治家っていっても「年齢」が若いだけじゃん。
精神年齢や、支えてもらっている支持層は、
多くの古老議員と変わらなそうな人達ばっかり。

本当に人の痛みが分かるのか?

本当に誰かの為に泣けるののか?

「政治家っていう職業」になりたかっただけじゃないの?


そう思って、全国から来ている若い他の地方議員のニヤけづらに腹が立ちました。
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# by naotsugu_notsu | 2012-01-21 21:27
また東京
さて 今回は東京→横浜→京都と出張です。

今回は片道の飛行機なので珍しく米子空港
です。

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# by naotsugu_notsu | 2012-01-21 07:53
議会報告会が始まります。
毎年恒例の松江市議会議会報告会が開かれます。

お近くの方は是非お出かけください。
どなたでもご参加下さい。

1月30日 月曜日 夜7時 竹矢公民館

2月6日 月曜日 夜7時 白潟公民館

2月8日 水曜日 夜6時 川津公民館

2月9日 木曜日 夜6時30分 古江公民館

2月14日 火曜日 夜7時 美保関公民館


議会としての意見となり、なかなか個人的な意見が言えず、
歯がゆい所がありますが、
それでも意見交換の時間などもありますので、
ぜひ顔の見える議会報告として
やっておりますので、
ご参加頂けると喜びます。
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# by naotsugu_notsu | 2012-01-20 12:46
  

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