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小さな死に想う。

先日,桐生市の小学校6年生の上村明子ちゃんが
たった12歳。わずか12歳の子が自ら死を選ばなかった悲しい事件がありました。
首を吊るのに使用したマフラーは母親へのプレゼント用。

こんな悲しい事件でもまたしても行政は子供を裏切りました。

事件後の学校長の記者会見 「いじめの状況は把握できていない」 と発表。

ところが自殺する数日前に担任とは別の教諭に
上村明子ちゃんは泣きながら 「給食を一人で食べている」 と訴えました。
それをその教諭は、担任と教頭と校長に報告。
しかしその三日後。 上村明子ちゃんは幼い命を自ら絶ちました。


なぜ?記者会見で
良き人格者であり、常識を持った大人であるはずの校長や学校側は
「いじめの状況を把握できていない」 と言ったのか?
自己保身か?組織防衛か?

相談しにいくい「大人」である教師に、12歳の女の子が泣きながら訴った
その数日後に自殺をしているのに 「なぜいじめの状況を把握していない」 と言ったのか?

なぜ、数日前に泣きながら相談を受けていた事。
そしてそれを救えなかった事を悔やむ記者会見が出来なかったのか?
その記者会見を、そのコメントを、天国で見ていた上村明子ちゃんはどんな想いで…。

「いじめの状況の把握確認は出来ていない」?

そんな事は長い人生の経験の中で分かんじゃないですか?
どれが「いじめ」で、どれが「悪意」があるかぐらい。

「いじめ」 という定義のないモノを判断しなければならないからこそ、
大人の経験が生きるのだと私は思います。
小6の女の子が泣きながら訴えている時点で、もはやそこに理由などいりません。


実は松江市でも人こそ亡くならなかったですが、似たような事件がありました。
中学校のイジメの模様を携帯で撮った学生が、それをニコニコ動画にアップ。
一転、全国的に話題となり担当である松江市教育委員会は記者会見を開きプレス発表。

しかし

「イジメかフザけているのか分からないので、事実確認をする」 と発表。

その後、会派への説明で

私は教育委員会側に、

「どういう意図であのコメントを出したのか?」
「あの動画を見て、どこをどうとったら“フザけている”という映像に見れるのか?」

そう言いました。それぐらい明らかな映像だったからです。

教育委員会や学校は 基本的に 「イジメはない」 と言いたい。
「イジメがある」と言えば、「対策を」と言われる。
ところがイジメは難しい。
先生に言えば「チくった」と言われ、余計にイジメられる。
先生が「仲良くしなさい」と言っても根本的に”人間関係”は変わらない。

学校側や教育委員会側も確かに対策は難しい。

しかし大人の責任逃れで子供達を悲しませてはならない。
教育という現場に、組織論や責任論から逃げる大人がいてはならない。

「人格形成」や「人として」の教育は100% 「親の役割」 です。
しかし学校という 「残酷なまでの子供社会」 をコーディネートするのは学校の役目。
行政機関の役目です。

学校は 「規則と共存」を学ぶ場です。


友達の女の子を見るたびに、上村明子ちゃんの事を思い出します。

「…こんな小さな女の子の涙の訴えがあっても、

自己保身に走ろうとする大人がいる…」 


上村明子ちゃんの尊い死を無駄にせぬ様、
自分が出来る事を、この松江市でもこんな悲しい事件が起こらない様に
心に誓いたいと思います。

上村明子ちゃんのご冥福を心からお祈り致します。
by naotsugu_notsu | 2010-11-23 14:20

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