松江の大嫌いな所。

俺はこの松江という街が大好きです。

しかし、この松江の大嫌いな所もあります。


日本全国、世界各国、様々な場所に行き、様々な人に触れ、分かった事。


それはこの街の人達の 「人間の閉鎖性」です。


新しいモノを拒み、培ったモノだけが正しいと信じ、

自らが「閉鎖的」であるとも気付かない人達。

特に50代・60代の方々。

当然、魅力的な方々もこの年代には多く存在する。

しかし、その反面、

閉鎖的な人も多く存在する。


残念な事に、それは松江の政経済会の上の方に行くにしたがって強くなる。


いつまで、「この街の論理」が、「いつまでこの街の人の論理」が、

全国・国際スタンダードだと思っているのだろうか?

世界に旅をすると、「日本人はあんまりモノを喋らない・内気」というイメージが強い。

と、言う事は、

その日本の中でも、トップクラスの閉鎖的な街であるこの城下町「松江」は

世界でもトップクラスの「閉鎖的な人間性の街」という事か?


それを自覚している50代60代の人が、この街にどれほどいるだろうか?

他の街から引っ越してきた人が、どれほど複雑な想いで過ごしているだろうか。


しかも残念な事に、50代の方々はモラルまでも低い。

コンビニの「車いす専用駐車場」。

偉そうにいつもドカっと停車しているのは、礼儀を知らない若者ではなく、

50代や60代の人達だ。

ダウンタウンの松本人志も、イチローも昔、言っていた。

「もっともつまらんのは、50代の世代の人達だ」と。

俺も最近、言っている気持ちは分からんでもないと思えてきた。


城下町「松江」が、その「閉鎖性」ゆえに、培った「素晴らしい文化」は確かにある。

「京都」しかり、「金沢」しかり。

閉鎖性がモノの流れを止め、人の流れを止め、「独自の文化」を生みだして行く。

これは必然で、歴史の証明でもある。

モノの流れ、人の流れが速い地域に、「独自の文化(歴史的文化)」は育ちにくい。

「大阪」しかり、山陰では「米子」しかりだ。

ただ、もう松江は、少し米子を見習ってもいいんじゃないか。

もう少し何かを受け入れてもいいんじゃないか?

自らの文化に「絶対の自信」を持っているのならば、

受け入れる事も可能なはずだと思う。

「人」も、「街」も、

自らの価値観が揺らぐから、新しいモノを拒絶する。

揺らぐ様な価値観だから、閉鎖的になるのです。

この街が「CHANGE」しければ行けない事は、

システムじゃなくて、街を形創る「人」である気がします。
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by naotsugu_notsu | 2009-01-31 10:23

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